日仏友好160周年にあたる2018年にパリで開催される大々的な文化芸術イベント「ジャポニズム2018:響きあう魂」の公式プログラムとして、小田原文化財団プロデュース作品「ディヴァイン・ダンス 三番叟」が上演されます。本作品は同時に、毎年秋にパリで開催されている歴史ある演劇祭、フェスティバル・ドートンヌ・パリにも選出されています。
「日本の古典」のジャンルにおいて、最も古い祝祷芸能のひとつである「三番叟」を、現代美術作家・杉本博司の手により再構築。時代とジャンルを超えた伝統芸能と現代美術の融合により、“拡張する古典”を具現化いたします。主な出演者は、狂言師の野村万作(人間国宝)と野村萬斎そして野村裕基。親子三世代による三番叟および狂言の名作『月見座頭』をお楽しみいただきます。
【作品解説 杉本博司】
「神秘域 三番叟」
三番叟は我が国に伝わる幾多の芸能の中でも、最も古い形式を留める古曲である。その源は天照大神の天岩戸伝説の頃まで遡ることができると言われている。この舞は、神が降霊する様を現したものであり、神事として最も重い曲として扱われる。その曲の流れは、時に静かに、時に激しく、舞を舞う生身の人間の身体に、密かに舞い降りる神霊の姿が見え隠れする。我が国における神の姿は、古来より気配としてのみ現われる。その気配は、現代社会へと堕した今日の日本にあっても、確実に存在することを、あなたは目の当たりにする。そして神が秘そむ域で、あなたは息を潜める。鏡板にかえて、雷(いかづち)を染め抜いた幕をもって古代の神話空間とした。
狂言「月見座頭」
「狂言」は悲劇的なテーマを持つ「能」と共に演じられる。死者の霊を呼び出して昔語りをさせるという、時空を超えた舞台に観客の心は魅了される。舞台が終わり、死者の魂が黄泉の国に戻っていく様を目の当たりに見た人の心が、冥界に迷い込む恐れがある。その観客の心をこの世に引き戻す為の演劇的な仕掛け、それが喜劇としての狂言である。
笑は人の心を弛緩させる。日常とは心の弛緩であり、演劇とは心の非日常である。笑は時として日常の中に潜在する不条理の中にある。狂言『月見座頭』はその極みを表現する。盲者が月見をするという設定がまず不条理である。しかし話を聞くと、満月の光を浴びて喜ぶ秋の虫の音に聞き入ることで、盲者はその心に名月を見るのだという。その盲目の詩境を共に過ごす日常者としての眼明きは、酒の酔いとともに、盲者だけに見えているその詩境に嫉妬をし、人格が豹変するのだ。共に酒を酌んだ友が、別れた後に暴漢となる。盲者にとっての善者と悪者は、実は健常者一人の心に潜む心の裏表であったことを、その盲者は知る術もないことが観客の笑を誘う。
笑は人の心を弛緩させる。しかしその笑いの中にも、底知れず深い、人の心の闇が広がっているのだ。
公演タイトル:野村万作・萬斎・裕基 × 杉本博司「ディヴァイン・ダンス 三番叟」
上演作品:「三番叟」、「月見座頭」
会場:パリ市立劇場 エスパス・カルダン
公演期間: 2018年9月19日(水)~9月25日(火)※9月23日休演
構成・美術:杉本博司
主催:国際交流基金、パリ市立劇場
共催:公益財団法人小田原文化財団、フェスティバル・ドートンヌ・パリ
制作協力:公益財団法人せたがや文化財団 世田谷パブリックシアター
主な出演者:
野村万作、野村萬斎、野村裕基
伝統芸能の大きな特徴のひとつである「継承」。完成された「芸」は父から子へ、そして子から孫へと引き継がれていきます。年齢に応じて人生の深みを増しながら、「芸」は育まれていきます。このたび上演する「三番叟」では、80代、50代、10代のそれぞれの技術、持ち味が詰まった「芸の継承」がお楽しみいただけます。
舞台美術:
三番叟の舞は人間のエネルギーの放出であり、そのエネルギーは観るものを魅了し、人々の精神性に宿っていきます。演者「三番叟」の意識が集中すればするほど観客は感化され、観るものの想像力をより一層かきたてます。そうしたエネルギーの相乗効果が頂点に達する瞬間、時間と空間がひとつに結びつき、その場は神霊が依り憑くという「依代(よりしろ)」に見事に変わる。「三番叟」が「神事」といわれる所以はそこにあります。今回の特別公演において、杉本博司の作品「Lightning Fields(放電場)」の幕、同じく「Lightning Fields(放電場)」を染め抜いた衣裳、そして杉本博司監修による能舞台全体が、「三番叟」とともに「依代」となります。