ODAWARA ART FOUNDATION

2015年10月08日

「太棹の魅力―具象画のでんでん、抽象画のでんでん―」 邦楽研究家・野川美穂子 事業

鶴澤清治×杉本博司「三茶三味~三味線音楽を聴く~」公演で監修を手掛けてくださっている邦楽研究家・野川美穂子さんに、太棹三味線の魅力について語っていただきました。

太棹の魅力 ―具象画のでんでん、抽象画のでんでん―

義太夫節を別名「でんでん」とも言いますが、これは義太夫三味線の「デーンデーン」という力強い響きに由来しています。義太夫の太棹の音は、小唄の「チントンシャン」ではなく、やはり「でんでん」です。その独特の響きには、聴いている人をワクワクさせ、どのような時代にも、どのような世界にも、ひとっ飛びに瞬間移動させてくれる力があります。「デーン」という一撥の音によって、太夫が語る物語の情景が鮮やかに広がります。

太棹の魅力を思いつくままに五つあげてみれば、第1が音色。その音色は、棹の太さというよりもむしろ、胴が大きいこと、太い糸を使うこと、裏側に鉛を打ち込んだ重い駒を使うこと、先端に厚みのあるガッシリとした撥を使うこと、などに起因しています。義太夫三味線の深みのある重厚な音色は、同じ「太棹」という分類であっても、津軽三味線や浪曲の太棹と異なります。胴、糸、駒、撥などの組み合わせが違うからです。

第2は、音色にも影響を与えている心地良いサワリの音(ビーンという余韻)。サワリは、「細棹」「中棹」「太棹」を問わず、三味線全てに共通する特徴ですが、とりわけ義太夫の太棹にはサワリが強く付きます。だからこそ、「デェェーン」と響きます。

第3は、多彩な表現です。撥を皮にたたきつけて演奏する太棹の音はパワフルそのもの。鶴澤清治師匠は「力を振り絞って撥を打つ。気合いこそ全て」とおっしゃっています。その気合いが、聴いている私達の耳に直球で向かってきます。そのいっぽうで、たとえば《卅三間堂棟由来》の木遣り部分で弾かれる「チンチンチンチンチチチン…」という繊細な音にも、心を持って行かれます。あらゆる情景、あらゆる情感を浮かび上がらせる多彩な表現があるのです。

第4は、独特の音程。ドレミファのピアノの音から外れた音程がたくさん使われています。洋楽にはない不思議な音程は、ほかのジャンルの三味線の音程ともまた異なり、義太夫節特有の世界。太棹の魅力を倍増しています。

第5は、超絶技巧の撥さばき。太夫の語りを支え、緊張感のある間(ま)をとりながら、数少ない音のなかに万感の思いをこめて弾いているときがあるかと思うと、いきなり撥が激しく往復し、ダイナミックに音が繰り出されてくるときも少なくありません。テンポの速い遅いにかかわらず、そこには超絶技巧の撥さばきがあります。切っ先鋭い音と評される清治師匠の太棹には、超絶の「超」を何度もつけたくなるような技が冴え渡ります。

まだまだ言い尽くせない太棹の魅力。太夫の語る物語の情景を音で表現する太棹は、具体的な情景を描き出すという意味では、言わば具象画のようなもの。そのいっぽうで、物語の世界を離れて、純粋な音、音楽としても楽しめる魅力にあふれています。見る人それぞれが自由に楽しみ、想像をふくらませることのできる抽象画と同じです。具象画のでんでんと抽象画のでんでん、太棹の魅力を自由に楽しんでくだされば、と思います。

野川美穂子(邦楽研究家)